似合う服で生きる

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「似合う」という言葉を、私たちはよく使います。
「すごい、素敵ー!」という称賛の言葉から、あくまで変じゃないよ、という意味の「うん、似合うんじゃない?」そして時には、たとえ似合わないなと思っても、似合わないと言えば相手が傷つくだろうからと「似合うよ」と言ったり、商品を購入してもらう目的のために「お客様、よくお似合いです」と言ったりする場面も、多くの方が想像できるのではないでしょうか?

似合うという言葉は、非常に抽象的がゆえに、ポジティブな場面ではもちろん、曖昧にしたい時にも便利に使えてしまう言葉だと言えます。

私が伝えようとしている「似合う」は、言った人も言われた人も心地良くなる、「あなたに調和していて本当に素敵だね」という意味の「似合う」です。
日常のグレードを上げるのはもちろん、人生の特に大切な場面である、婚活、面接、登壇、芸能活動、選挙に至るまで、あなたの努力、頑張りに加えて、あなたの魅力を伝える「似合う」までを見据えています。

似合うを知ると、自ずと似合わないものも理解するので、普段の洋服選びに迷う事が少なくなります。

好きなものと似合うものは違うので(●好きなものと似合うものは違う参照)好きな洋服で生きる事もできるし、似合う洋服で生きることもできるし、もちろん使い分けることもできる。
その選択はそれぞれの自由です。

私は、ある瞬間から好きな洋服をやめて、似合う洋服で生きる事に決めました。 それは、一生をかけて「似合う」を追求しようと思った自分への覚悟です。
そもそも高校生の頃からその問いは始まっていて、ずっと続いていて、この先も終わることはないと思うからでもあります。

そして、これは、やってみないとわからないことではありますが、似合う洋服は着ているうちに「愛着」という名の「好き」に育っていきます。
好きなものを着なくても、この「好き」があるから、好きなものを着られないというストレスもないし、もちろん今でもアロハを見れば胸熱ですが、眺めているだけで幸せで、それ以上何かをしようとは思わなくなりました。
似合うものを着ることで人と良い繋がりができ、物事がスムーズに流れる「快」は私にとって、好きな洋服を着ること以上のものを与えてくれているのだと思います。