カジュアルウェアを着るときに気をつけること

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世の中、カジュアルな洋服がもはや当たり前になりました。
ホテルやレストラン、百貨店。何処へでも気軽な服装で出かけられるようになり、その多くは身体を締めつけない形、洗濯もしやすくアイロン不要など取り扱いやすい素材であり、買いやすい値段のアイテムです。

家の中は当然カジュアルウェアで過ごす人も多いと思います。
特に今はコロナでステイホームだという方も多くなり、ますますカジュアルウェアの割合が増えているように思います。

では、本当にカジュアルウェアに、デメリットはないのでしょうか。
ということを、型紙、似合う服という視点で書いてみます。

カジュアルウェアのメリットとデメリット

洋服を大きく分けると、フォーマル(ドレス)とカジュアル(リラックス)になります。
社会的階級の差が大きかった時代は、ステータスの高い階級がドレス、低い階級がカジュアルでした。デザインは、ステータスの高さを表すために存在し、わざわざ背中にたくさんのボタンを並べるなど(要するに誰かに着せてもらうデザインですよということをアピールしたデザインを採用する)装飾的であるということも、そのステータスのシンボルでした。

これも大きく分けると、という話ですが、フォーマルは、生地を織るための糸が細く繊細で、そのため表面に艶があり、ディティールも細かくなり、軽く、薄く、それでいて暖かい、さらに高級感のある装飾等でその表現をしています。

カジュアルはその逆になります。形もディティールも簡素で、糸は太く、艶がなく、重く、厚みがあります。量産向きで、安価で作られることにもつながります。

量産型ということはつまり、それぞれの体に厳密に合わせていない、それをゆとりと表現しているという特徴があります。
言い換えると、厳密にサイズ感を合わせなくても着ることができるので、インターネットの普及で伸びた通販業界では取り扱いやすくなります。
また、買う側にとっては、楽に安く買えてサイズもゆったり。デメリットを感じないように思われますが「ゆったりしている=着心地が良い」は、錯覚です。

ゆとりが多いのは実はデメリット

一言で言うと、ゆとりが多い=動作の邪魔で、物理的に重いです。
適切なゆとりはもちろん必要ですが、動きを妨げる無駄なゆとりは害になります。

カジュアルウェアは基本的に、素材としての物理的重さ、生地の流れ方によっての重力がありますが、ここに、無駄なゆとりが加わる事によって、さらに重くなります。
歯磨きや、洗い物、物を取る、ドアノブを回す等、日常的な腕の上げ下げを仮に1日数百回から数千回とします。
素材によりますが、この絵から概算して、無駄なゆとりを仮に100g〜200gにした場合、毎日無意識にこれだけの、不要な筋トレを常時していることになりますが、イメージできるでしょうか。

意図的な筋トレはとても良い効果をもたらしますが、意識的ではない筋トレは、無意識に確実に不快になりますので、そのうち腕を上げなくなり(スマホ操作のような、小さい動作が多くなる)可動域が狭くなり、四十肩、五十肩に近づいていきます。

長い目で見ると、全く楽でも、リラックスでもないわけです。

スポーツウェアは、運動効率を高めるために、できるだけ、人体の構造と動きに合わせた型紙を作り、無駄な生地の分量を減らし、素材そのものを軽くしますが、それにを考えるとわかりやすいと思います。抵抗は少ない方が、動きやすいということです。

カジュアルが似合うタイプの人は特に注意

似合うものを着ようとするとき、デザインや色、雰囲気が良く見えるか、ということはもちろん考えますが、型紙屋としては、毎日着ると小さくとも無視できない影響をどれだけ与えるのか、長期的に着ることを考えた時の着心地等の、無意識レベルへの影響までを考えます。
たとえ見た目が可愛くても、健康を損なっては意味がないし、健康を損なうと老化が進むから、今度は本人の魅力を洋服だけでカバーできなくなる、ということが生じます。
結局、見た目にも影響するんです。

カジュアルが似合いやすい骨格やパーソナルナンバーを持つ人は特に「カジュアルが似合うからこれでいいよねラッキー」と、そこでそのまま思考停止になりやすいと思いますから注意してください。
とはいえ、この話はもちろん全員に言えることです。

おまけの話

「不景気にはミニスカートが流行する」という言葉を聞いたことがある人も多いのではないかと思います。これは、好景気も不景気もそれなりにあった昔の話です。
要するに不景気の時代は、作り手が経費削減を目的として、意図的に、あるいは無意識に、生地をたくさん使わないミニスカートが流行する流れに持っていったのかもしれない、という話です。

しかしこれは、今の長期デフレには全く当てはまりません。
デフレというのは、物が余る状況から物価が安くなりますが、数十年続くこのデフレで、底値はもはや底値を超えています。
当然生地もこれ以上下がらないレベルにまで安くなっているから、作り手が生地の量を節約したところで、洋服を1枚作る原価がそれほど安くなるわけじゃないという状態です。
材料費を削れなくなったらどうするか。
必要以上に労働力を削ろうとします。
それは調整レベルを逸脱していて、本来必要であるはずのパタンナーとかデザイナー(あるいはその技術)を削ろうとする。極端に言えばデザインはパクればよくて、パターンは買ってきたサンプルを解体すれば作れるじゃないか、といった具合です。

そうするとどうなるか。
色々ありますが、ここで言いたいのは、力のあるデザイナーやパタンナーなどの必要なプロの力を正当に使っていないので、ざっくりと曖昧な商品づくりがなされ、無駄なゆとりと安い生地の重さにより

人々の心と体の健康を蝕んでいるという事です。
見えないが大事なところ(必要な技術)を削れば、一見見えにくいが大事なところ(健康)を削られるという結果が確実に生じます。しかも、買った人の。実際に使うのは買った人だからです。

安価で良い洋服も多くあります

良い服という定義は簡単ではないですが、少なくとも健康を損なわないレベルは守りたいところです。
自分の体に合っている事が大事ですが、それについても自己判断が難しいけれど、まずできるだけ試着する事。試着室内で鏡を見るだけで判断するのではなく、歩いてみる、腕を上げ下げしてみる、できれば目を瞑って、重さ、肌触り、脱ぎ着を数回した感じ、などを反芻してみる。あと、前後どちらかに引っ張られる感覚がないか(前後で重さのバランスが同じか)確認。
「感覚」「体感」で決める。
知識なしでできることはこんな感じです。

不要なのは、コーディネイトを考える事。
着心地の良い服はそれだけでその後なんども出番があるので、その洋服に合わせてコーディネイトをするように自然になるからです。

コロナの時期は出かけることも試着をすることもなかなか叶いませんしリスクがあるので、不要であれば今はやめた方が良いです。安全が担保されてからお試しください。